村松先生が考える、
理想的なHIV診療への近道
通院時に主治医と上手く話せず、悩みや不安などを抱えたまま診療が終わってしまったことはありませんか?
この記事では、限られた診療時間で密度の高い対話を実現するために役立つコミュニケーションのポイントやチェックリストを活用した事前準備について、HIV感染症が専門の先生にお話をうかがいました。
今回お話をうかがった先生について
日本エイズ学会 理事・認定医*
村松 崇 先生
私は東京医科大学病院に所属し、HIV感染症などを専門にしています。HIV診療医を志したきっかけは、私が10代だった1990年代の社会・文化背景にあります。当時はまだHIV治療法が確立しておらず、今よりもはるかに恐れられていた時代でした。またHIVは他の感染症と異なり、免疫不全を引き起こすウイルスだという点に医学的な関心を抱きました。さらにアートや映画などでもHIVをテーマにした作品が多かったことも、この病気に興味を持つ後押しになりました。研修医時代は、がんと感染症を中心とした高度専門医療を担う東京都立駒込病院で経験を積み、現在は月間100名前後のHIV陽性者を診療しています。
よりよいHIV治療は、
あなたと医療者の対話から生まれる
ありのままを伝えることで、いまの自分に合った治療法を見つける
HIV陽性者とひと口に言っても、ライフスタイルや薬の副作用を含む心身の悩みなどは人それぞれです。また、同じHIV治療薬の継続が最適とも限りません。そのため私たち医療者としては、HIV陽性者との対話を通して良好な関係性を築くことが、よりよい治療につながると考えています。
私のように問題解決に主眼を置く診療医をはじめ、優れた共感力でHIV陽性者に寄り添う看護師、医療費助成といった制度を熟知したソーシャルワーカー、メンタル面での相談にのるカウンセラーなど、非常に多様なプロフェッショナルがHIV治療に関わっています。ぜひ各職種の専門性に合わせて、相談相手を選んでいただけますと幸いです。
初診時には、セクシャリティや職業を含むプライバシーに関わる話も多く扱うので、言葉遣いに配慮しながら、その方の人となりや飲酒・喫煙といった生活習慣などを確認するようにしています。その後も、体調やライフスタイルの変化などを定期的に伺いながら、服用する薬の提案や外来診療方針を決めています。
また多くのHIV診療医が「傾聴」を意識していると思います。医療者には守秘義務があるので、あまり取り繕うことなく、その時の悩みや不安を含めてあなたの本音を聞かせてください。
HIV診療医もあなたと向き合う準備をし、力になろうとしている
多くの感染症は一度きり、もしくは二度目以降は軽症で済むと言われることもありますが、HIVは継続的な治療が必要な病気です。そのため、処方薬や副作用の履歴といった背景を追えないと、適切な治療の提供が難しいという実情があります。よりよい治療に導くため、私たちHIV診療医もあなたとの双方向性のあるコミュニケーションを期待しています。
診療時の大きなテーマである生活習慣や性感染症に加え、たとえば悪性腫瘍(しゅよう)がみられる場合はその話も取り上げます。しかし、体調確認や採血、血圧測定を行ったうえで、これらすべてを一度の問診で網羅するのは難しいため、あなたの年齢や同居者の有無などに合わせて優先順位をつけ、残りのテーマを次回診療に持ち越すためのカルテとして残しています。そして診療前の準備としてカルテを振り返ることで、前回あなたと話した内容や気になったポイントを確認し、スムーズで密度の高い対話を実現できるように努めています。
以前に比べ、HIV治療薬の選択肢は増えているので、一人ひとりに合った薬剤を提案しながら、最終的にはご自身の意思で決めていただくケースが多いです。あなたの率直な思いを主治医に伝えていただいくことが、お互いにとってよりよい治療につながると思います。
何気ない雑談がもたらす、HIV治療への好影響
HIV診療医と話す際のアドバイス
私は診療の冒頭で必ず「体調はどうですか?」「きちんと薬を飲めていますか?」と質問するようにしています。ある調査**では、「医療関係者から体の不調について聞かれたときに、不調があるにもかかわらず『何もない』と回答した経験がある」と答えたHIV陽性者が、全体の42.3%を占めた***という結果が出たそうです 。私の実感としても、3割程度のHIV陽性者が、健康状態を控えめに答えたり、よい患者を演じたりしていると思います。
いわゆる「医師」という言葉が持つ権威に対して身構えてしまっているのだと思いますが、私たちHIV診療医も医療チームの一員です。看護師やカウンセラーを前にしたときと同じように、ぜひ肩の力を抜いて悩みや要望を話してみてください。
またHIV治療は、診療医からの一方的な確認が多くなりがちなので、「仕事の調子はどうですか?」「最近、趣味を楽しんでいますか?」「今年は帰省しましたか?」といった質問も意識的に盛り込んでいます。関係性向上という側面もありますが、HIV治療において特に難しいとされる生活習慣の改善や禁煙のような「行動変容」を起こすための情報収集がより大きな目的です。
適切な治療目標やアプローチを検討するためには、一人ひとりのことをよく知る必要があるのに反し、私たちは診療室の外で過ごす普段のあなたのことをあまり知りません。そこで治療には直接関係がなさそうな雑談を通して、どんなパーソナリティなのか、どんな人生設計を立てているのかなどを理解することで、変化のきざしを捉え、HIV治療薬選びの参考にしています。特別意識をする必要はありませんが、雑談にも楽しく応じていただけますと幸いです。
雑談をきっかけにしたコミュニケーション改善例
HIV陽性者を診療していると、本当にさまざまな職業や趣味をお持ちの方に出会います。たとえ数分の雑談であっても、私の知らない世界を知ったときは、その驚きをできるだけ素直に伝えるようにしています。やはり誰しも、相手に褒められたり喜んでもらえたりすると、嬉しいものですよね。気難しい方でも「あなたのことをリスペクトしています」という空気が伝わると、少しだけ心を開いてくれる瞬間があります。そこを足掛かりにコミュニケーションを続けることで、HIV治療自体もよい方向に進むケースが多いです。
また「薬を飲むとだるくなるんです」というHIV陽性者のひと言がきっかけで副作用に気づき、新しい治療薬に関する対話がはじまったことがあります。「副作用は仕方ない」と思われている方もいますが、HIV治療薬は着実に進化しているので、薬を変えることで悩みを解消できることもあります。私たちHIV診療医も、日頃から学会への参加などを通して、新しく登場した薬への理解を深めるようにしています。「よりよい治療」が目指すところは、HIV陽性者と薬の相性や時代によっても異なるので、その時々の状況を踏まえ、柔軟に治療薬を提案できるように心がけています。
さらに別の例として、繰り返し禁煙を勧めてもなかなか聞く耳を持たなかった方のエピソードをご紹介します。雑談の中で、近親者にがんが発覚したという話をうかがったタイミングで、改めて「ご自身や大切な人の健康のためにもタバコをやめませんか」と提案をしました。すると、今度はすんなりと受け入れていただけ、生活習慣の改善に成功しました。このように、環境や人間関係の変化を捉えることで、治療が大きく前進することもあります。
「対話を深める通院前チェック」活用のすすめ
事前に頭の中を整理することで、限られた診療時間を有意義に
私が担当しているHIV陽性者の中には数人アメリカの方がいるのですが、みなさん「診療時間=お金を払って医療サービスを受けている」という意識が強く、前のめりになりながら、主治医と最大限にコミュニケーションを図ろうとしています。彼らの積極性をすぐに真似することは難しいかもしれませんが、紙やスマートフォンのメモなどに相談したいことや心身の不調を整理してから来院するだけでも、診療の質が高まります。
より手軽かつ効率的にご自身の状態を客観視するには、このTreat Yourselfというサイトで無償提供している「対話を深める通院前チェック」が便利だと思います。私たちHIV診療医が確認したい項目がチェックシート形式でまとまっているので、この結果を一緒に指差し確認しながら話すと、スムーズで密度の高い診療時間になります。
性感染症のように、自発的に相談するには少しハードルが高いテーマも、チェックが入っていれば診療医から聞きやすくなるのでスマートです。また、だるさや頭痛などは強い症状でないと相談しないHIV陽性者も多いので、軽度であったとしても項目チェックを通して自覚から相談という流れを作れるのはよいと思います。
余力があれば、別途ご自身のスケジュール帳やメモなどに、普段から痛みの頻度や程度などの記録を習慣化できるとベストです。私たちも客観的なデータがあると、症状の全体像を把握しやすくなり、適切なHIV治療につなげられます。ぜひ次回診療に向けた「対話を深める通院前チェック」の活用とあわせて検討してみてください。
「対話を深める通院前チェック」のメリット
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1
診療時によく話題にあがるテーマの中から、今のあなたが話すべきことを3ステップで簡単に整理できる
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2
質問項目をチェックしていく中で「自覚はしていなかったけれど、言われてみれば気になる点」を可視化できる
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3
通院前日に、スマートフォンなどからサッと回答して、その結果をスクリーンショットなどに残すだけでOK
通院時には、主治医と共に回答結果を一つひとつ確認していくことで、より内容の濃い診療時間にできるはずです。ぜひこのツールを活用して、ご自身の健康維持はもちろん、あなたらしい生き方の実現にも役立ててください。
*先生のご所属・肩書は2024年10月時点のものです
**日本国内在住のHIV陽性者を対象にした無記名自記式ウェブ調査「HIV診療・治療とコミュニケーションについての調査」(株式会社アクセライトが2020年7月13日~8月17日に実施、605名が回答)
***「ほとんどの場合『何もない』と回答した(11.1%)」「たまに『何もない』と回答した(16.0%)」「不調の一部だけを選んで回答した(15.2%)」の合計値